■アーティスト:Marvin, Welch & Farrar (マーヴィン、ウェルシュ&ファーラー)

管理人の評価:★★★★★

 

■ディスコグラフィー
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どんな音楽?
 
70年代前半に流行したアコースティック・ギターとボーカル・ハーモニーを前面に出したソフト・ロック。基本はあくまでアコギ中心のフォークであり、それを3人の多重コーラスで美しく仕上げている。 一般的には CS&N のイギリス版と評されているが、個人的にはサイモン&ガーファンクルなんかも近いと思う。フォークを中心にしてそこにロック、カントリー、ポップス等で味付けした感じの音楽である。
正式メンバーにドラムスとベースの担当者がいないことがこのグループの性格をよく物語っているだろう。(アルバムやライブではリズム隊も加わっているが、あくまでサポート・メンバー扱い)
オリビア・ニュートン・ジョンの初期(パイ・レーベルの頃)の曲が好きな人は必聴!
 
代表曲
※活動期間が短く商業的に成功しなかったグループなので、厳密には代表曲と呼べるようなものはない

Lady of The Morning  (シングルカットされてテレビでも何度か歌った曲)
Music Makes My Day (オリビア・ニュートン・ジョンも歌っていた美しいナンバーで、シングルカットされたが不発に終わった)

 
メンバー
 

Hank Marvin  (ギター、ボーカル)
Bruce Welch (ギター、ボーカル ※72年に脱退)
John Farrar (ギター、ボーカル)

 
グループ名の表記
 

※Welch はウェルチではなく Welsh の発音(ここではウェルシュと記述するが実際はュの母音はない)となる。Welch の発音の誤解から一般には「マーヴィン・ウェルチ・アンド・ファーラー」と表記されることが多い。海外でも誤って発音された例があるので無理もないことだと思うが、正しくは Welsh の発音となる。

 
概要
 

■結成
60年代前半に圧倒的な人気を誇ったシャドウズというインストバンドが前身である。シャドウズは元々クリフ・リチャードのツアー用のバックバンドとして1958年に結成された(当初は The Drifters と名乗っていた)のだが、すぐにバンドとして独立してレコード・リリースするようになり、全英トップ10ヒットを連発する売れっ子バンドとなった。
その後幾度かのメンバーチェンジを経て最終的にベースがジョン・ロスティル、ドラムスがブライアン・ベネットで固まったのだが、ビートルズの登場以降は人気に陰りが見え始め、68年暮れにはほぼ解散状態となった。リード・ギターのハンク・マーヴィンはソロ活動に転じ、リズム・ギターのブルース・ウェルシュは1年半の長い休養期間(音楽活動を完全にやめ、オリビア・ニュートン・ジョンと過ごした)に入り、ベースのジョン・ロスティルはトム・ジョーンズのバックバンドを始め、ドラムスのブライアン・ベネットはスタジオでのセッション活動に専念した。
70年の6月頃ハンクとブルースは再会し、また二人で何かやろうという話になった。当時の流行からアコースティック・ギターを中心にしたボーカル・ハーモニー・グループをやろうということになり、オリビアの助言もあってオーストラリアから第三のメンバーを呼び寄せた。これがジョン・ファーラーである。
ジョン・ファーラーは当時オーストラリアで The Strangers というグループに参加していてそこそこ成功していた。また68年にはシャドウズのオーストラリア・ツアーで前座を務め、この時のジョンのボーカルとギターはハンクとブルースに感銘を与えるほどのものだった。
結果的に9月にジョンは妻のパット・キャロルと共に渡英し、翌月には1stアルバムのレコーディングに入った。
イギリスのバンド(もしかしたらアメリカも?)ではよくある話なのだが、オリジナル・メンバーの発言権が強く金銭面でも優位に立つ。ストーンズのロン・ウッドなどは有名であるが、シャドウズの場合も同様で後から加入したブライアン・ベネットとジョン・ロスティルは境遇としては悲惨だった。シャドウズの活動停止と共に生活の糧が失われ、自力で食い扶持を探さねばならない羽目に陥ったからである。しかもこの二人は新規に立ち上がったアコースティック・グループには呼ばれなかった。ただしハンク、ブルースとブライアン、ジョンの間に人間関係的な溝があったわけではない。

■短かった活動期間
活動当初はハンクがクリフ・リチャードの TV 番組への出演で忙しく、残されたブルースとジョンはオリビアのソロ歌手としてのバックアップに精力を注いだ。71年2月にリリースされたマーヴィン、ウェルシュ&ファーラーの1stアルバムは全英30位とまずまずのスタートを切った。しかしシングルはヒットせず、先行きに一抹の不安を抱かせた。一方ブルースとジョンが手がけたオリビアの1stアルバムは2枚のシングルヒット(If Not For You が3月に全英7位、Banks of The Ohio が10月に全英6位)を出すと言う皮肉な結果になった。MWF は同じ年の11月に2ndアルバムとなる Second Opinion をリリースした。4ch 盤も作られたという話題性もあったのに全く売れなかった。クリフと一緒にヨーロッパ・ツアーにも出たが、ファンからは昔のシャドウズのヒット曲ばかりを要求され新曲は受けがよくなかった。72年初頭にはブルースとオリビアの仲が破局を迎え、ショックでブルースはグループを脱退してしまう。73年7月にはブルース抜きで作った Marvin & Farrar がリリースされシングルも発売されたが、これも全く売れなかった。その後グループは自然消滅状態となり、結局元メンバーのブルース・ウェルシュとブライアン・ベネットを迎えてシャドウズを再結成することになる。11月には早くもシャドウズとしてのニュー・アルバム Rockin' with Curly Leads をリリースしている。

■MWF の残したもの
彼らは3枚のスタジオアルバムを残したのみであり、そのどれもが全く売れなかったため、知名度はゼロに近い。活動期間も非常に短く、シャドウズの存在がなかったら誰にも知られることなく葬り去られていたことだろう。
しかしその音楽はポップで親しみやすく、彼らの果敢な試みは決して無駄ではなかったように思う。三人の若くて優秀なミュージシャンは曲作りから演奏・歌唱に至るまで類稀なる才能を十分に発揮したのだ。作品の素晴らしさとセールスは必ずしも比例しないという典型的な一例を彼らの楽曲に見ることが出来る。アコースティックギターのサウンドが好きな人にはぜひ聴いていただきたい。

■オリビア関連曲
Music Makes My Day マーヴィン&ファーラーの73年7月のアルバムに収録され、同時にシングルカットもされた。オリビアもリコーダー奏者として録音に参加した。オリビアは自身のサード・アルバムのタイトル曲としてこの曲を選び、アルバムは74年2月にリリースされた。この曲の作詞作曲はジョン・ファーラーであり、オリジナルはマーヴィン&ファーラー、オリビアのバージョンはカバーということになる。近い時期の録音ということもあり、両者のアレンジはほぼ同一となっている。

Small And Lonely Light  マーヴィン&ファーラーの73年7月のアルバムに収録され、75年8月にシングルカットもされた。これは72年10月にオリビアがセカンド・アルバムに収録しており、オリビアの方が先行リリースとなる。作者はジョン・ファーラーとピーター・ベスト。ちなみにオリビアのバージョンはタイトルが "I'm A Small And Lonely Light" となっている。

Please Mr. Please  正式にはブルース・ウェルシュのソロ名義としてシングルカットされたこの曲は74年4月にリリースされた。MW&Fのアルバムには収録されていない。オリビアのリリースは1年後だからブルースのバージョンがオリジナルということになる。作者はブルース・ウェルシュとジョン・ロスティル。

 
他サイト
 

Phantom Feline 幻の猫たち(nekonomorinekotaro 氏のブログ)
http://d.hatena.ne.jp/nekonomorinekotaro/20130203/1359840823

再発天国(仮)(yakame 氏のブログ)
http://tra-la.seesaa.net/archives/20060409-1.html

Fragile Isolation Ward (羊氏のブログ)
http://leftoverture1976.blog.fc2.com/blog-entry-683.html


 
 

 

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