デジタル・データの複製  

音楽 CD が登場した頃、それまでのアナログからデジタルに変化するということで私は制作側の優位性が揺らぐなぁと思っていました。
アナログ時代は制作側の方が明らかにクォリティーの高い音源を所有していましたが、CD 時代になって一般リスナーが同じデジタルデータを持つようになったため、録音がもし16bit/44.1kHz で行われていれば、理論上は制作側とリスナーが同じ土俵の上に立つことになります。
少し前にこのことを裏付ける発言を宇都宮 泰という制作側の人がしているのを読んで、感慨深いものがありました。
宇都宮氏の「マスタリング論」には、レコード業界による DAT の抹殺やオリジナル・マスターそのものは決して市場に出さずに若干劣化させたものを出していること等が書かれていて興味深いです。
(「マスタリング論」は WEB 経由で読めますが、テキスト・ファイルで改行が異常に少ないため読みづらいです。自分で整形して読むことをおすすめします。IE で表示後右クリック-すべて選択で全文を選択状態にして、右クリック-コピーでワードパッドや他のエディタ等にペーストすれば多少は読みやすくなります。)

で、その当時次のようなことを思いました。
海外のアーティストの場合当然録音は海外で行い、音源も海外にあります。
録音国以外で CD を発売する場合、その海外のレコード会社が保有するデジタル・データが全世界に使い回されるのだろう、と。
アナログ時代は使用するマスター・テープに依存していた訳で、もし日本に第3世代のテープしか回って来なければ、それより上位のテープを使用する国の盤より確実に劣ってしまう、という問題があったのです。
CD になってそういう問題がなくなるものだと思っていました。

その後そのことを考えることはあまりなかったのですが、最近 Olivia Newton-John の曲をリッピングして気付いたのは、同じ曲でもバイナリが一致することの方が少ない、という驚くべき事実です。
マスタリングし直して一つの曲に2〜3のバージョンがある、というのなら分からないでもないですが、例えば "I Honestly Love You" という曲の場合、明らかにオフィシャルでない2枚を除いた12枚の CD のうち全く同一だったのはたったの2つだけ。
つまり11とおりもの異なるデータが一つの曲に存在しているのです。
元の MTR から2チャンネルに落とした音源というものは、やはり2〜3とおりもあれば十分なはずであり、上記の Olivia の例は明らかに異常です。
権利関係かもしくは前述の宇都宮氏の言うようなことが原因なのか、音楽業界も摩訶不思議です。

 
アナログ・レコード vs CD  

以下に述べることは CD 登場以前に録音された洋楽のロック・ポップスについてのことです。ジャズやクラシックには当てはまらないかも知れませんので悪しからず。

■レコードの製作工程とその価値
レコードの場合そもそものスタジオでの録音が磁気テープの MTR (マルチトラック・レコーダー)によって行われており、2チャンネルのマスター・レコーダーに劣るものが使われています。しかも最終的にレコードにするために MTR のテープは2チャンネルにトラックダウンされるのですが、これは言葉を変えればダビングであり、音質は劣化します。この2チャンネル・マスターは大変貴重なものですから、多くの場合これの複製が作られます。これもダビングであり音質は更に劣化します。もしこの複製テープを元に曲順や音量を調整された商用マスターが作られると、ここでも音質が劣化します。この商用マスターも貴重なものですから複製が作られます。日本でのプレス用に送られてくるテープが何世代目のものなのか・・・想像するのも恐ろしいですね。
仮にイギリスのミュージシャンがアルバムを録音して、最小の理想的なダビング回数にとどめ、イギリス国内でプレスする場合を考えて見ても
トラックダウン → 商用マスター作成で最低2回のダビングを経ることになります。

この商用マスターを元にレコードの生産を行うのですが、まずラッカー盤を作ります。これも一種のアナログ・コピーですから当然音質は劣化します。ラッカー盤の製作時にカッティング・エンジニアがコンプレッサーやイコライザーを使って多少の調整を行います。本来はスタジオでプロデューサーやエンジニアが作り上げた音に変更を加えるなど言語道断なのですが、レコードはその特性上内周部に大きな音を入れたり高域の強い音を入れたりすると歪みやすく、多少の調整が必要なのです。このラッカー盤の製作は一般的に最初の1枚目は慎重に行われますが、2枚目以降は別のエンジニアによって比較的ラフに行われることが多いようです。このラッカー盤に薄い銀の皮膜を付けそれにニッケルメッキを施した凸 盤を作ります。これはメタルマスターと呼ばれ、ここでも音質は劣化します。このメタルマスターに同様にメッキを施して剥離させた盤は凹盤となりメタルマザーと呼ばれます。この過程でも同様に音質劣化が起きます。このメタルマザーにニッケルメッキとクロームメッキを施した凸 盤がプレスのためのスタンパーとなり、ここでも劣化が発生します。このスタンパーを元に実際のレコードが大量生産されるのですが、最初のラッカー盤が何枚目のものか、メタルマスターが何枚目のものか、メタルマザーが何枚目のものかによって音質は大きく異なり、加えてプレス自体が何枚目のものかによっても音質は大きく左右されます。一般的には1枚目のラッカー盤から起こされた盤(マトリックス1)が最高と言われていますが、他の要素との絡みで必ずしもそうとは言い切れないケースもあるのが実情です。

このように音質の劣化と伴う工程をいくつも経てアナログ・レコードは作られるためまともな音が出るはずがないのですが、実際の出音は素晴らしいものも珍しくありません。これはカッティング・エンジニアが劣化を見込んで極力元のマスターテープの音になるよう調整しているためだと思われます。いずれにせよ、基本はそのミュージシャンが所属しているレコード会社の国でプレスされた最初期盤がベストということです。オリジナルのマスターテープが保管されている国での最初期盤レコードの音は CD など全く比較にならない程素晴らしいものです。マスターテープが新鮮なうちに製作されたレコードはやはり音の鮮度が違いますし、発表当初のオリジナルのマスタリング(に近い音)を楽しめるのはやはりレコードだけです。
アナログ・レコードの価値は、媒体自体にあるのではなく、それが最初に世に出た音源である、ということです。当時レコーディングされた音に「比較的近い」音がそこにはつまっているのです。再発された CD の場合、たいていマスターがいじられてしまっており、媒体の音質の違いを論じることが無意味になってしまっていると思います。
またそれとは別にマスター・テープの劣化があります。技術は進歩しても、マスター・テープ自体が劣化してしまっているケースが最近見受けられます。70年代の LP の方が、保存状態さえ良ければ再発の CD より音がよい場合も考えられるのです。(ちょっとマイナーですが、英国のロック・バンドのファミリーの CD がまさにそうです。もっともファミリーの場合適切なマスター・テープを用いていないことが原因のようですが.....)
いずれにせよ、たいていの場合再発の CD は高音が持ち上げられており、他にもコンプレッサー等で音圧やアタックが強調されたりリバーブが付加されたりしていて、オリジナルの LP と音質の良し悪しを論ずることには意味がなくなってしまっています。これは片側が良くてもう一方はダメ、ということではなく、両者は全くの別物であり別の価値を持っている、ということなのです。

■ノイズ
アナログ盤は埃・静電気によるノイズや、盤を針が擦る音を完全に取り去ることが困難であり、これはアナログ・レコードの大きな欠点です。録音された音声成分以外のものが明らかに耳に聴こえるというのは致命的な欠陥と言っても過言ではありません。また出音が歪みやすいのもレコードの欠点です。
ノイズという観点においては CD の圧勝であり、CD には耳で聴いて分かるノイズというものは存在しません。

■分解能
CD の最大の問題点は、16bit/44.1kHz という規格にあると思います。これはアナログの電気信号を2進数の符号に変換する際に振幅値を2の16乗(65,536通り)で表し、1秒間に44,100回変換することを意味しています。
量子化ビット数が16ということはダイナミックレンジが約96dBということであり、サンプルレートが44.1kHzということは録音可能な周波数の上限が22.05kHzということです。CD の開発当初はこれで十分と考えられていました。
ダイナミックレンジは96dBもあれば十分であり、これ以上増やしてもデータ容量が無駄に肥大化するだけで意味はないし、サンプルレートも人間の耳は20kHz以上の音を聴き取れないからこれ以上高くしても無駄であると考えられていたのです。(※今でもこのように考える人たちはたくさんいます)
ところがレコードをデジタル化すると、かなり安価な機器でも16bit/44.1kHzと24bit/96kHzでは大きな違いが認められ、24bit/192kHzでも僅かながら音質の向上が耳で確認できるのです。24bitは2の24乗ですから1677万7,216通りで振幅値を表すことになり、ダイナミックレンジは約144dBになります。サンプルレートは192kHzの場合1秒間に19万2,000回符号化することになり、周波数の上限は96kHzになります。かなりオーバースペックな感じもしますが、実際の出音を耳で聴く限りレコードが持つ情報量を捕らえるには最低24bit/96kHzは必要であり、24bit/192kHzなら概ね取りこぼしはないように聴こえます。つまり CD に不足しているのは分解能であり、だからこそ音が平面的で薄っぺらく聴こえるのです。理屈で考えても、ある瞬間の電気信号を約65,000通りで表しそれを1秒間に44,100回変換したものと、1677万通りで表して19万2,000回変換したものとでは音が違って当たり前です。

■媒体の優劣
媒体自体の優劣に関しては、前述のとおり総合的に見て CD の方が有利です。アナログ盤はノイズと歪みの点で不利(理論的な話ではなく、実際の経験から)であり、CD はそれらの点でアナログより優れています。
CD の問題点は理論的には16bit/44.1kHz という低い規格とジッターです。
現実の優劣もほぼ同様なのですが、CD にはあまり語られない大きな問題があり、それはマスタリングの問題です。
大半の人にとっての悪い音とはこもった音なので、マスタリングは高音を強調したものになりがちなのです。結果として多くの CD は高音をイコライジングされた不自然な音になってしまっています。これは大半のリスナーがオーディオにそれほどお金をかけないため、低品質のスピーカーで再生されることを前提としているためなのかもしれません。(もっともミニコンポなどは不自然に高音を強調した出音に調整されているようにも思えますが・・・)
イコライジング以上に問題なのが音圧の問題です。ダイナミックレンジを潰して音圧を上げると音が前に出て音質が向上したように錯覚する人が多いのです。ほとんどの人は小さな低能率のスピーカーでそれ程ボリュームを上げずに聴くため、音圧のあがったリマスター CD を聴くと「音がよくなった」と思い込んでしまう訳です。
不自然に中高音を強調され、音圧の上がったリマスター盤が発売されると「さらに音がよくなった」などという感想があちこちで聞かれます。一般大衆の望むものは分かりやすく強調された音なのです。一般の支持を集めるものとは分かりやすさとそれを強調したものである場合が多いのです。マクドナルドのハンバーガーやコンビニのファーストフードなんかはいい例です。
媒体の寿命に関してはどっちもどっちという感じです。レコードは回数かけるとすぐに高域が劣化しますし、徐々にノイズも増えていきます。しかしうまく保管すれば40〜50年は余裕でもちます。CD は登場してから40〜50年たっていませんので未知数ですが、既に読み取り不能になった CD の報告も多数あることから、少なくとも当初言われていた半永久的ということはなさそうです。CD はレコードのように再生回数によって音質が劣化することはありませんが、そのかわり一度読み取り不能になるとただのゴミと化します。

■ピッチの安定性と定位
私の使用しているターンテーブルは安価なダイレクト・ドライブ方式のものですが、耳で聴いてはっきり分かるワウフラは皆無です。定位も全く問題ありません。しかし CD と比較して勝っているかと言えば、やはり CD の方が優れていると言わざるを得ません。CD はジッターがあるとは言え、聴感上は全く問題ない程ピッチが安定しており、定位もカチッと決まります。これはアナログ方式では逆立ちしても勝てない分野の一つでしょう。

■収録時間
LP の最大収録時間が50分にも満たなかったのに対し、CD は74〜80分収録可能です。LP は収録時間を増やすと音質が悪くなりますが、CD ではそのようなことはありません。LP では半分聴いた後媒体をひっくり返す必要がありますが、CD ではそのような必要はありません。

■参考(サンレコ誌2006年3月号より引用)
Q:洋楽の CD は国内盤と輸入盤を入手できますが、マスタリングによる音の違いってあるの?
A:基本的には海外アーティストの作品を国内盤用にマスタリングしません。
ただし、日本限定盤や日本先行発売用、それにボーナス・トラックが収録される場合は、音圧やレベルをほかのトラックと合わせることはありますが、音色自体に手を加えることはありません。
そもそもマスターは海外から DDP (DCA が開発したフォーマット)や CD-R で送られてくるのですが、ボーナス・トラックなどの曲を足す場合はコンピューターにデータを取り込みます。
日本盤用の追加トラックがある場合は海外から CD-R や DAT などのコピーが送られてくるので、日本盤用に加える曲をコンピューターに取り込み、1本の DDP にして、CD-R や SONY PCM-1630 などのマスターを作ります。
この場合コピーのコピーがコンシューマーに渡ることになるので(デジタル・データですが)、輸入盤の方がプロダクション・マスターに近くなります。
ただし、ビッグ・アーティストの場合、海外のマスタリング・スタジオで各国用のプロダクション・マスターを作ることがあります。
この場合、基本的に音は変わりません。
〜(中略)〜
また、日本独自企画のコンピレーション・アルバムなどにさまざまな楽曲を収録する場合は予算の関係でレコード会社でマスタリングすることが多いのですが、個人的にはこの場合も各曲のレベルや音圧を調整するだけで、EQ などの処理は基本的にしてほしくはないと思います。
(バーニー・グランドマン・マスタリングの YASMAN 氏談)

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